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PDPTA2003 紀行


はじめに

本稿はささだが2003年 6/22〜7/1 までアメリカへ遊びにいった学会発表へ行ったときの記録です。

喉は痛いは英語は通じないは喋れないは、いろいろ大変でした。

謝辞

今回の旅行では、いろいろな方にお世話になりました。

慶応大の鈴木さん、田辺さん。ラスベガスについてから帰るまで、いろいろお世話になりました。

和歌山大の上原先生、信原さん。グランドキャニオンではお世話になりました。今度はパンダで。

突然のお願いに快く泊めてくれた金森君。すげーすげーお世話になりました。本当に本当に感謝します。

そして本学佐藤さんに中條先生、並木先生。おんぶにだっこになってしまいました。けど、また行きましょう(笑)。

また、奈良女の方、奈良センの方、九大の方、Chairman の Dr. George A. Gravvanis 、質問してくれた Hussein Thompson氏、ほかいろいろいろいろ。

本当にお世話になりました。感謝します。

PDPTA とは

PDPTA とは、The 2003 International Conference on Parallel and Distributed Processing Techniques and Applications(PDPTA'03) です。ですって言われてもって気がしますが。要するに、世界中の並列屋さんが集まっていろいろしゃべっていくってイベントです。

このイベント、何が凄いか、って他のカンファレンスを大量に行っております。The 2003 International MultiConference にあるとおり、大量のカンファレンスと合同で行っています。なので、期間も長いです。他のカンファレンスのセッションも聞けたらしいですけど、殆ど聞けませんでした。

なにしてきたの

まぁ、そこで発表してきたわけです。ネタは SACSIS と一緒。

6/25(Wed)
11:20 - 11:40am: Implementation and Evaluation of a Thread Library
                 for Multithreaded Architecture
                 Koichi Sasada*, Mikiko Sato, Shoji Kawahara, Norito Kato, 
                 Masanori Yamato, Hironori Nakajo and Mitaro Namiki
                 Tokyo University of Agriculture and Technology, Tokyo, Japan

コレです。

20分の持ち時間、だいたい 15分発表5分質疑応答って感じでしょうか。

発表とその感想

それなりに練習してきたつもりでしたが、発表になると非常にあがってしまいました。喉がからからになり(乾燥した土地という要素もあるのですが)、舌がまわらなくなるという経験を初めてしました。

発表自体はプレゼン(PowerPoint)に書いてあることを棒読み。ダメダメです。だいたい 15分くらいで喋りおわりまして、質疑応答は0。嬉しいのか悲しいのか。

自分の発表、午前のセッションの最後だったのですが(プログラム上はもう一人居たんだけど、キャンセルだったらしい)、人がどんどん出て行くのがわかる。うーん、非常にわかりやすい意思表示です。

英語は大事です・・・。

発表後、個人的に、お一人質問してくれました。

曰く「スレッドがたくさんになるとどうなるのか」 ごめんなさい。そのような評価は行っておりません。スケジューラを今からがんばります。

システム屋かと思ったら、グラフ理論とかやってる理論屋さんだったらしい。ありがとうございます。

PDPTA 感想

各国の並列システム研究者がたくさん集まるってことで、質疑応答などが非常に活発なのが印象的でした。ポスター発表でも人ごみが凄かったのが印象的です。

あちらの人のプレゼンテーションは無茶苦茶喋る。10のことをスライドに書いてあるとしたら、1000くらい喋ってんじゃないか。でも、喋ってるときは聴衆を向いて語りかけている。プレゼンテーションの授業があちらの教育では重要視されている、と聞きますが、やっぱり凄いです。私も、あれくらいできるようになりたいですわ。

スライドの使い方は、人によってまちまちで、文章をだらだら書く人からアニメーションを利用した見た目素晴らしいものまで、いろいろでした。

やはり、英語。英語が理解できないと、参加する意味殆どない。だって理解できないんだもん。日本語で全部書いてあったら、少しは理解できるとは思うんですけど。英語、英語。ちゃんとやらんとなー。

旅行記1 ラスベガス編

さて、つまんない話はおいといて、本題の 旅行記です。

今回のカンファレンスはラスベガスで行われたので、ラスベガスへ行ってきました。ぱっと思いつくのはギャンブルですが、まぁもちろん勝てませんでした。

6/22 - 出発

出発です。写真は出発時の荷物。荷物

並木・中條先生と合流。成田までは中條先生の車で送ってもらいました。中條カー非常にらくちん。

成田で佐藤さんと合流。判子とかなんか一騒動あったようですが。なんか、空港で首藤さんに目撃されていたらしいです。偶然って凄いですね。

飛行機はでかい。ひこーき 空の旅は本当に久しぶりで、4、5年ぶり?

でも、エコノミーは狭い。席は翼の後ろあたりで、羽根が結構ゆれるのを見てびびってた。羽根

実は風邪気味で、前日病院行ってたくらいなんだけど、飛行機の中ですげー熱が辛くなる。あれは結構辛かった。寒いので毛布もっとくれっていったらもう無い、とか言われてしまった。うー。ちくしょう。しょうがないからオレンジジュースをガンガン飲んでやった。ふらふらとうとうとの中間くらい。窓際で、外はよく見えたんだけど、トイレに行けない。。。辛いわー。

そういえば、フライトアテンダントの方、アジア系だったんで、日本人だと勘違いして日本語でしゃべったら通じないの。あらら。

んで、辛いの我慢してたら、サンフランシスコが見えてきた。サンフランシスコ中継点です。アメリカひろーい。


んで、問題の税関です。前の人がなんか別の部屋にどんどん通されていく・・・。コワー。

で、結局私はお咎めなしでした。言った単語は"Site Seeing!" のみ。怖かった。

そういえば、税関を出てからも何個か関があったんですが、まず強面(と私には移った)のお兄ちゃんの空港職員の人から「××××××(聞き取れない)」とか聞かれて、全然わからずぼーぜんとしてたら「肉、魚、・・・」とか言われて、「ノーノー」とか返したら通してもらった。いやー、やっぱ日本人多いのね。

んで、次、ボディチェック。ひっかかりました。どうやらガムの銀紙がひっかかったらしい。多分。いや、コインとか持ったまんまだったからそれだったのかもしれんけど。チェック中はもう、ジェスチャーに頼るしかないです。英語が全然わからん。早くも自信喪失。やばい。

んで、なんとかギリギリ(?)ラスベガス行きの飛行機に乗りました。飛行機の中で、慶応の天野研のお二方とお会いしました。


そういえば、時差が凄い。10時間以上巻き戻されるってことで、22日の夕方に出発して、22日の昼に到着。時をかけちゃいましたねぇ。その分、帰るときにようけ使うわけですが。


で、着きました! ラスベガス! 空港外空港内空港もなんか派手です。

空港内にカジノとかありました。帰りに撮った写真だけどね

んで、レンタカーを中條先生が借りるということでついていく。なんか中條カーにお世話になってばかり。レンタカー

で、今回泊まるモンテカルロホテルです。なんかスゲー。モンテカルロホテルモンテカルロホテル

26階でした。高層ビル用エレベーターが非常に静かだったのが印象的でした。ちなみに、もちろんカジノ、フロントから見えます。このホテルは入り口あたりに配置しないだけ良心的だとか。他のホテルだと、カジノを通らないと中に入れないらしい。

これは、ホテルの部屋から撮ったところ。プールですよ。プールが見えますよ。部屋から見たプール広いし。部屋から見た外

んで、少し落ち着いたら中條先生にカジノの心得を伝授していただきました。んで、さっそく$15すりました。私にはギャンブルの才能無いね。

ステーキ屋夕飯は中條カーで、天野研の方々とともにちょっと郊外へ。ステーキ屋。なんか、アメリカンなサイズなんですけど。前菜で腹いっぱいです。先生方はなんかどでけーの食ってましたけど。私は普通サイズ? でもでかすぎ・・・。前菜どでけーの普通サイズ?

夕食後、ハードロックカフェへ。私はよくわかんないんですけど、先生二人は大喜びって感じですか。右の写真はその二人。ちょっと暗いですけど。私はそろそろ本気で辛かった。ハードロックカフェ若き日はロック少年。今はロック壮年か

んで、帰る途中普通のスーパーに寄る。スーパーの中にもカジノ、というかスロットマシンがあるのには呆れた。そこまでしてやりたいのか。ガードマンがうろうろしてるのは、まぁそういうものなんでしょうかね。

部屋に戻ると、夜景が綺麗でした。夜景

6/23 PDPTA 初日

PDPTA初日。ぼーっと聞いてました。GRID関係のセッションらしいのですが、やっぱりうまく聞き取れない。GRID の素養がないというのもあるんでしょうが。ちょっと午前中の中休みを利用してその辺を散歩。

ニューヨークニューヨークを見て。

ニューヨークニューヨークニューヨークニューヨークニューヨークニューヨークニューヨークニューヨーク

なんか城だー、でけーラブホみたいやなー、とか思いながらエクスカリバーを見て。

エクスカリバーエクスカリバーエクスカリバー

あら、デニーズがある。デニーズ

なんつうか、派手やね・・・。やっぱり。

午後、で佐藤さんのポスター。なんかスゲー盛況です。スゲー。受け答えしてる。

仕事がおわった佐藤さんと観光散歩。サーカスサーカスでミニサーカスを見て、マクドナルドを食う。ビッグマックを頼んだけど、あんまり日本との違いがわからんかったな。そういえば、マクドナルドって通じなかったね。まくだーなぅ、ですか?

んで、だらだらと歩く。とレジャーアイランドでバッカニアの戦いの時間にちょうどあたってたんだけど、風が強いため中止とか。残念。

その後、ヴェネシアンへ。スゲー金かけてますな。イタリアンな曲の生演奏とかやってた。

んで、だらだらとモンテカルロまで歩く。調子が悪い私に合わせてしまってすみませんでした>佐藤さん。

この日は懇親会。立食パーティーだと思ったらきちんと座って食うというスタイルだった。うわー、なんかたくさん居る。でも、結局日本人で固まってしまった。うーん。

デザートはアメリカっぽくあまあまのべとべと。

6/24 PDPTA 二日目

今日も朝からカンファレンス聞き。分散技術の日。エージェントとかの話だった。エージェントとかの素養は0なため、全然わからず。もちろん英語もわからず。

昼は抜き。全然腹が減らない。

午後では MPS のセッション。殆ど日本人ばっか。4時ごろの信原さんの発表の途中でダウン。明日発表なのに、寝てた。セッションについての感想は・・・やめとこ。

MPS組は日本料理屋で打ち上げだそうな。私はもうダウンしてたので行けず。酒はどうでもよかったけど、奈良女の人たちと喋れなかったのは残念。なんかエロ親父だな、俺。

夕食はさびしく部屋で食う。食うというか押し込む。そういえば、夕食を買いに行った店で「フルーツなんとか(バスケットじゃなかったはず)」って言っても全然通じなかったのは、やっぱりショックだ。

6/25 PDPTA 三日目

発表の日。朝から準備。ノートPCのテストをしてたら、最初に発表する人に自分はノートPCが無いから貸してくれとか言われる。でも、私の発表は4時間後くらいで、バッテリーの調子が悪く、充電できるかどうか不安だったので断る。ごめんなさい。彼女は無事他の人の(そのセッションは全部そのPCでやってるようだったけど)PCで無事終了したようだ。

で、自分。

・・・。

英語を勉強しなおそう。

・・・。

終わりました。Panda Express という中華料理屋のチェーンへつれてってもらう。並木先生はBBQヌードルで私はシーフードヌードルにしたんだけど、先生のはラーメン、俺のはうどんが出てきた。うーん、アメリカン。

そういえば、並木・中條・上原先生と行ったんだけど、つい並木先生に「先生」と呼びかけたら全員振り向いた。そうだ、先生しかおらんやん。

奈良女の人たちと一緒の昼食なはずだったんだけどなぁ(まだ言うか俺)。

その後、でけーモール(商店街?)に行く。メリーゴーランドとかあったんですけど。いろいろ店を回る。ハムタローグッズとかあった。ハーレーダビッドソンのブーツが$99だったのは、スゲーなやんだ、というか、未だに買っとけばよかったかも、とか思ったんですが、やっぱりかさばるし。重いし。

帰りにペットショップへ。いろんな動物、爬虫類がたくさん。うへえ。

んで、夜、モンテカルロの名物、マジックショーを見る。

うわー、人消えてますよ出てきたよ、鳩だ鳩、あれー、なくなっちゃった、と思ったら出てきたー。車飛んでるよー! ということで、凄かったです。生のマジック。

夕食はビールの美味しいらしいホテルのバー。ロックの生演奏は、私はちょっと辛かった。ジャズとか、そういうのが好きなんで。

6/26 PDPTA 四日目

えーと、メインイベントの一つであるグランドキャニオンツアー行って来ました。カンファレンスは、エーと、えーと。

和歌山の上原先生、信原さんとご一緒させてもらいました。

セスナで行ってきました。凄いですよ、セスナ。凄い凄い凄い凄い。怖かったけど。

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ダムとか。

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渓谷とか。

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平原とか。

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んで、着きました。cap

渓谷ですよ・・・。

capcapcapcap capcapリスとか。capcap capcap

線路とか。

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土産物屋とかホテルとか。なんかホテルは由緒正しいらしい。

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で、ラバ(mule)とか。

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もう一個のポイントへ行って。柵無いです。死にそうです。

cap馬鹿が一人。

cap

capツーショット。

もっと馬鹿が。cap

いやー、とにかく凄かった。

帰りのセスナはゆれて非常に怖かった。

capプールですよプール

でも、ほんとにほんとに、凄かったです。いい経験しました。


帰ったらプール行きました。座ってただけだけど。

家族への手紙のために、切手も買いました。なんかよくわかんなくて、値段が凄い高いの買っちゃいましたけど。買った後に、上原先生に切手を頂きました。こっちはサンフランシスコで使わせていただきました。


夕食。九大の人と奈良センの人と信原さんと先生たちと韓国焼肉でした。ラスベガスまできて焼肉かーって感じだけど。美味しかったです。

・・・で、先生達がでてっちゃいました・・・。つまり、この高級そうなお肉は自腹? うーん。写真は一人$60という現実に打ちひしがれている図です。cap


夕食後、信原さんと夜の散歩。土産探し。私のわがままで店のなさそうなルクソールとか、その辺へ行かせてもらいました。

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そういえば、トリムとかいうモノレールにも乗れました。

あと、MGMのライオン。

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で、コカコーラでご満悦の?信原さん。cap

あの時はほんといろいろご迷惑をおかけしました ^^;>信原さん

そんな感じで、ラスベガス最後の夜は過ぎました。

6/27 ラスベガスからサンフランシスコ

空港まで慶応のお二人とご一緒させていただきました。cap

やっぱりラスベガスの空港はすごくて。

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で、出発です。

旅行記2 サンフランシスコ編

長くなったので、次へ。PDPTA2003 紀行2 サンフランシスコ編

Sasada Koichi / sasada@namikilab.tuat.ac.jp
$Date: 2003/02/26 13:07:29 $